アイリッシュマン

感想

こんにちは!ヘドロです。

最近、見た好きな映画を紹介していきます。

今回紹介する映画はマーティン・スコセッシ監督

2019年Netflix限定公開作品【アイリッシュマン】です。

【概要】

実在の人物フランク・シーランの半生を描いた作品です。

マフィア映画界の豪華キャストが一堂に集結して話題となりました。

『アイリッシュマン(2019)』は映画と言ってもNetflix限定配信の上、

3時間30というクソ長尺の映画なので観る人は限られてくると思います。

なので、今回はあまり内容そのものには触れずに

監督や出演している俳優のお話をメインにしようかと思います。

【あらすじ】

アイルランド系アメリカ人で全米トラック運転手組合”チームスターズ”とマフィアに関わり、

“ジ・アイリッシュマン”と呼ばれたフランク・シーランの生涯が振り返られる。

1950年代のフィラデルフィアで、トラック運転手だったシーランはイタリア系マフィアに商品を横流しする。

弁護士のビル・ブファリーノは窃盗で客の名前を吐かなかったシーランを

ペンシルバニア州のマフィアのボスであるラッセル・ブファリーノに紹介する。

シーランは殺人を含む仕事をラッセルのために引き受け始める。

ラッセルはシーランを全米トラック運転手組合の長、ジミー・ホッファに紹介する。

1960年にジョン・F・ケネディが大統領となり、その弟のロバート・ケネディが司法長官となってホッファを追求し始める。

ホッファは釈放されるが、組合活動は禁止される。

ホッファと組合の他の幹部やマフィアとの関係は悪化し、ラッセルはシーランを使ってホッファに警告させる。

だがホッファは何かあれば全員が刑務所行きになると脅す。

1975年、ラッセルはホッファを暗殺するようシーランを説得する。

シーランはホッファを銃殺し、死体はギャングの手下が始末する。

シーラン、ラッセル、トニー・プロらは

後にホッファの殺人とは別件で逮捕され刑務所に入れられるが、シーラン以外は病死する。

現在、老人ホームに入ったフランク・シーランはマフィアに関わった日々を思い出す。

【監督】

監督は「マーティン・スコセッシ」です。

『世界で活躍している最も影響力のある映画監督を10人挙げろ。』

と言われたら100%名前が挙がるであろう巨匠中の巨匠です。私も大好きです。

(最近の映画学校の学生は

『どいつもこいつも自分の事をマーティン・スコセッシだと勘違いして入学してくる。』

という映画関係者の愚痴も聞いたことがあります。)

シチリア系のイタリア移民で幼少期から周囲がマフィアだらけの環境で育った為、

映画監督になってからはそういった題材の映画を撮る事が多く

マフィア映画の帝王と呼ばれるに至りました。

以前のマフィア映画は

フランシス・フォード・コッポラ監督の『ゴッドファーザーシリーズ』のように

重厚でカッコいい印象の映画が多くあったのですが

場当たり的で身も蓋もない上に言ってる事とやってる事がまるで違う

リアルなマフィアの実態を描いた映画『グッド・フェローズ(1990)』が高く評価され、

断片的な場面を繋ぎ合わせたアンチドラマ的なマフィア映画がその後の主流となりました。

マフィア映画からドラマチックな要素を剥ぎ取ったという点において

日本における『仁義なき戦いシリーズ』や『アウトレイジシリーズ』に近いものもあるように思います。

また、この映画の中で『時代設定と同じ頃に流行った曲をBGMとして流す』ことで

説明しなくても映画内の時間軸が19XX年ごろであるかを表現し

以後、ジャンル問わずありとあらゆる映画で何万回とマネされるようになりました。

マフィア映画だけではなく若いころは

『タクシードライバー(1976)』

『レイジング・ブル(1980)』

『キング・オブ・コメディ(1983)』など

挑戦的な作品も多く製作しています。

近年は大人向け映画監督というパブリックイメージとは大きく異なる

『ヒューゴの不思議な発明(2011)』という子供向け映画も製作しています。

(以前の映画紹介でも取り上げています。)

スコセッシ監督作品の共通点として

「ある男の人生史の中で最もドラマチックな期間」を切り取って紹介する形式の映画が多いのですが

特に近年はその傾向が強いように思います。(しかもいちいち上映時間がクソ長い。)

また、主演俳優にロバート・デ・ニーロやレオナルド・ディカプリオを起用する傾向があります。

【俳優】

【ロバート・デ・ニーロ(フランク・シーラン役)】

言わずと知れた名優でスコセッシ監督とタッグを組んだ作品数もどの俳優よりも多いです。

↓こんなにあります。

『ミーン・ストリート(1973)』

『タクシードライバー(1976)』

『ニューヨーク・ニューヨーク(1977)』

『レイジング・ブル(1980)』

『キング・オブ・コメディ(1983)』

『グッド・フェローズ(1990)』

『ケープ・フィアー(1991)』

『カジノ(1995)』

『アイリッシュマン(2019)』

彼も映画『アンタッチャブル(1987)』で実在したマフィア『アル・カポネ』を演じたことからマフィアを演じるイメージが強い俳優です。

ロバート・デ・ニーロはスコセッシ監督作品で言えば『タクシードライバー(1976)』で

他人と上手く接することが出来ず、孤独でゆがんだ正義感ばかりが膨れ上がった主人公を演じたりと

もともと、マフィア役以前に『ヤバい奴』の代名詞的な存在でした。

鏡に銃を突きつけて『You talking to me?(俺に話しかけてるのか?)』

と独り言を言い続けるシーンもセットで有名です。

『タクシードライバー(1976)』より(該当のシーンは00:45から)

同じく主演作の『キング・オブ・コメディ(1983)』も

売れないコメディアンの主人公が

『このまま売れずに終わるよりも一晩だけでも輝きたい』

とバラエティの司会者を誘拐するようなお話で

基本的に『社会の片隅で生きる鬱屈した人間』というイメージからキャリアをスタートしています。

近年公開されたアメコミ『バットマンシリーズ』における悪役ジョーカーの誕生を描いた映画『JOKER(2019)』は

上で紹介したニ作を足して2で割ったような映画になっており

ロバート・デ・ニーロ本人もカメオ出演しています。

(マーティン・スコセッシが『アメコミ映画なんて映画じゃない。』

という旨の発言をして久しいですが皮肉にもスコセッシ的なアメコミ映画が誕生してしまいました。)

また、デ・ニーロは徹底的なリサーチによる役作りで知られており

『ゴッド・ファーザー Part2(1976)』ではシチリア訛りのイタリア語をマスターして声色を変えたり

『レイジング・ブル(1980)』ではボクサーを演じるにあたって

全盛期の引き締まった体と引退後の20kg以上増量した体を作り、1つの映画内で表現しきりました。

この事をきっかけに後に『デ・ニーロ・アプローチ』という映画用語も誕生しました。

逆に言えば、デ・ニーロのせいで

軍人役の俳優がパッと見で軍人に見えなくても『そこは映画だから』で通っていた部分が通用しなくなってしまい

以降の映画における俳優の負担が増えてしまったとも言えます。

(2018年にはトム・クルーズがミッションインポッシブルの撮影の為、

ヘリコプターの操縦免許を取ったと聞いてびっくりしました。)

ちなみに最近は持ち前の笑顔を活かして(?)優しいおじいちゃんの様な役も増えてきました。

【アル・パチーノ(ジミー・ホッファ役)】

アル・パチーノはロバート・デ・ニーロ以上にマフィア役の多いイメージが付きまとう俳優であるかと思います。

代表作はマフィア映画の金字塔

『ゴッドファーザーシリーズ』の主人公マイケル・コルレオーネ役と

『スカーフェイス(1980)』の主人公トニー・モンタナ役ですが

マイケルの方はイタリア系マフィアの三男に生まれて家督を継ぐ気はなく

大学に出て真面目に働くつもりだったボンボンだったのに対して

トニーの方は元々犯罪者で難民の収容施設からのし上がった麻薬王なので

実はかなりキャラクターの真逆な役柄を演じていました。

繊細な演技が特徴的で『ゴッドファーザーPart3(1990)』『セント・オブ・ウーマン(1992)』

などでは老け役も数多くこなしています。

娘の為に事業から撤退したがるマフィアの首領や

盲目な偏屈な退役軍人など、複雑な立場の人間を演じ切りました。

本作『アイリッシュマン(2019)』でもそうですが、

『面倒くさい立場に追い込まれる面倒くさいおじさん』を演じさせたら右に出る者はいないと思っています。

銃撃戦で有名な映画『ヒート(1995)』では

上で紹介したロバート・デ・ニーロと共演して話題になった事があります。

(共演時間は数分)

【ジョー・ぺシ(ラッセル・ブファリーノ役)】

顔は怖いけれどマフィア役の常連にしては身長158cm程度と小柄な上に声も甲高い役者で

『ホーム・アローン(1990)』ではコメディタッチな泥棒をやったりもしています。

ですが前述で紹介した『グッド・フェローズ(1990)』に出演した際は

とてもリアルですぐにキレる暴力的なマフィア『トミー・デヴィート』を演じたことが高く評価されて

アカデミー助演男優賞を受賞しています。

マフィアとはいえ後処理も面倒だし、基本的に争いごとはしたくないんですが

トミーは後先考えずにその場の気分で人を殴ったり、刺したり、撃ったりする上に

怒るポイントがよく分からないので観ていて超怖いという事で話題になりました。

その場にいる全員が笑ってる最中に「……funny how?(何がおかしいんだ?)」

と、急に口調が変わってその場にいる全員が凍りつく有名なシーンがあります。

怒ったらすぐ暴れるヤツだとその場にいる全員が認識していることが怖さに拍車をかけています。

人と話してる最中に相手の見えない地雷を踏んでしまい『え?どこで怒ってんの?』と思いながらも

場をピリつかせてしまった経験のある方は嫌な感覚を肌で実感出来るかもしれません。

他にも、若いウェイターに文句を言って口答えされたときに

周りの仲間が『あいつ根性あるなー』とか『おい、言われっぱなしでいいのか?』とはやし立てるので

イライラしてその場でウェイターを撃ち殺しちゃってみんなドン引きする名シーンなんかもあります。

よく見るとバカにされてから撃つまで一切笑ってません。

本人的にはその場でイライラを発散してスッキリできるので

ストレスフリーで超楽しいライフスタイルです。

(周りは死体を片付けなきゃいけないのでたまったもんじゃありません。)

スコセッシ監督の身近にいたマフィアには『ジョー・ぺシ演じるトニーのような人たちがたくさんいた』そうです。

意外とこういう困った人というのはどこにでもいるもので

銃を持ってるか持ってないかの違いだけなんじゃないか?と個人的に思う事もあります。

死体を処理するためトランクに詰め込んで一息ついた後は

お母さんに『飯でも食っていきなさい』と呼び止められて

皆で食卓を囲むほのぼのするシーンもあったりするので

より親近感が湧きますね!

【感想】

※若干ネタバレを含むので今後、観る予定のある方は最後の行まで飛ばしてください。

上記で紹介した3人の俳優のキャリアを踏まえた上でさっくりとこの映画の感想を述べたいと思います。

かつて映画の中で「とある男の人生史において最もドラマチックな期間」を描き続けてきたスコセッシ監督は

長崎県に布教に来たキリスト教宣教師の苦悩を描いた前作『沈黙(2016)』以降は

「人生の一部分」だけでなく「人生の終幕」までを描くようになりました。

本作『アイリッシュマン(2019)』もそれぞれの登場人物を

俳優のパブリックイメージに合わせたり、時には逆手に取ったりして

個性豊かに描きながらもその最期を容赦なく描写しています。

どんな映画でも常に凶暴で実力行使だったジョー・ぺシは

殺し屋のロバート・デ・ニーロに指示を出す立場になっていて表面上は抑えた演技になっているものの

本質的に生殺与奪を握る立場である事は変わらず、味わい深い面白いキャラクターになっています。

また、アル・パチーノは本作ではマフィア役ではないもののとても肝の据わったキャラクターで

今まで出演した映画以上にめちゃくちゃ面倒くさいおじさんになっています。

仕事の相手が遅刻したかしてないかでずーーーっと突っかかり続けて

色々とグズグズなやり取りが続いた後、

ジョー・ぺシが『もう付き合ってらんないからアイツ撃っちゃえ』というまで

映画の中で1時間30分くらい掛かりました。(相変わらず可愛いですね。)

そして何よりも印象的だったのはロバート・デ・ニーロです。

使いっ走りの殺し屋なので何食わぬ顔で言われるがままポンポンポンポン人を殺すのですが

映画の最後の方に老人ホームで何人も殺害した事を警察や神父に自白したにも関わらず

何のお咎めもなく『ああ、そう』『いまさら言われても』みたいな感じであっさり済ませられているシーンがあります。

ともすれば、「事業の成功」だったり人を殺した「罪の意識」だったり

人間が勝手に「重要」だと考えているだけの「実績」は

ぶっちゃけ誰が何をしようが世の中から見れば実はほとんど「大した意味は無い」

という残酷な事実の証明にも見えてしまいます。

劇中で常にお話の主旋律を担っていたアル・パチーノは途中でサラッとデ・ニーロに暗殺され、

全ての黒幕的なポジションだったジョー・ぺシも加齢で普通にボケ始めてスルーっと天寿を全うしたり

物語上で大暴れした男たちが

頑固になったりボケたりとごくごく普通(?)の最期を迎える様子は諸行無常を感じずにはいられません。

登場人物達は自分たちが「特別」であり、「家族・部下を守るため」という大義名分のもとで暴力行為に及び

それが自分の生きる道だと信じていますが、そもそも生きる手段そのものが「暴力」という時点から間違えているので

守るはずの家族には「自分勝手で有害な人物」という烙印を押されてしまうし

自身が積み重ねてきた事の無意味さに老境に差し掛かるまで気付いていません。

気付かない…というよりは目を逸らしてしまうと言った方が正確な気がします。

やる気の火のつけ所を間違えて、

自身もしくは集団の中で燃え広がった「熱狂」にあてられると盲目になり大事なものを取りこぼすことがよく分かります。

『グッド・フェローズ(1990)』では

互いに『その辺の奴らとは違う』という精神に則って『Wiseguy(賢い男)』と呼び合ったり

ラストシーンでは仲間を告発してカタギに戻った主人公の

『俺の人生にもうこれ以上面白い事は起きないだろう。後は死ぬまでクソ面白くない人生が続くだけだ。』

というセリフが印象的です。

勝手に自身の人生を採点して「全盛期」だと思い込んでいる期間が存在するところから

そもそも幻想…というか妄想だと個人的には思っています。

普通の社会人も「学生時代は良かった」などと当たり前のように口にしてしまいますが、

そういうノスタルジックな気持ちに浸るのは

かつて自身にあった「熱狂」を取り戻そうと

「存在しないものに縋りつく」ような不健全な考え方と紙一重だと思っているので

スコセッシ映画に登場するマフィアのマインドと何ら変わらないとさえ感じてしまいます。

それが原因で大事なものを見失っては本末転倒です。

とは言っても、手段さえ間違えなければ

「何かでかい事がしたい」とか「俺は特別だ」といったような「勘違い」に基づいた「情熱」を振りまく事は

人間の内側からしか湧き上がってこない素晴らしい特性なので

用法・用量を守って正しくお付き合いしましょう。

そういう夢を見なければ(もしくは見たとしても)人生は基本的に救いがないというのもまた事実です。

ちなみに『グッド・フェローズ(1990)』のエンディングは

「セックス・ピストルズ」のボーカル「シド・ヴィシャス」が

「フランク・シナトラ」という歌手が人生の終幕を歌った名曲『My Way』をカバーしたものです。

「シド・ヴィシャス」といえば無軌道に生きた若者の代表なので『グッド・フェローズ(1990)』の雰囲気ともぴったりです。

『アイリッシュマン(2019)』ではようやく『グッド・フェローズ(1990)』の

エンディングの「その後」が描かれたようで嬉しくなりました。

【最後に】

なんだか全体を通して『アイリッシュマン(2019)』というよりはほとんど『グッド・フェローズ(1990)』の紹介になってしまった気もしますが

アイリッシュマンも実質『グッドフェローズ2』の様なものです。

背景を知っていると知っていないとでは映画の面白さも随分違うので

Netflixに契約している方は機会がありましたら是非ご鑑賞ください。

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